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函館簡易裁判所 昭和33年(ハ)126号 判決

函館市田家町八七番地

原告

後藤新平

右訴訟代理人弁護士

島田敬

同復代理人弁護士

臼木豊寿

同市田家町九五番地

被告

田原利也

同所

被告

田原和子

右当事者間の昭和三三年(ハ)第一二六号農地所有権移転許可申請手続等請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告田原利也は、函館市田家町九六番地の三一畑一反六畝二二歩のうち別紙図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)の各点を結んだ部分八畝九歩につき、被告田原和子は、同番地の三二畑二畝二四歩および同番地の一二畑一反一畝二六歩のうち別紙図面(ニ)(ハ)(リ)(ヌ)の各点を結んだ部分三畝二七歩につき、それぞれ北海道知事に対し、これが原告えの所有権移転の許可申請手続をせよ。

右許可のあつたときは、被告田原利也は、右九六番地の三一の土地のうち前記部分(分筆のうえ)につき、被告田原和子は、右九六番地の三二の土地および同番地の一二のうち前記部分(分筆のうえ)につき、それぞれ、原告に対し、売買による所有権移転登記申請手続をせよ。

訴訟費用は被告等の平等負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

「一、函館市田家町九六番地の五畑二反七畝一五歩および同番地の一二畑一反五畝歩(但し、右各地番は、後記分筆又は合筆手続のなされる以前の土地を表示する。)は、もと訴外田原市太郎の所有であつたが、同訴外人は昭和三〇年四月一九日死亡したので相続によりその孫である被告利也が右九六番地の五の、同じく被告和子が右九六番地の一二の、各所有名義人となつた。

二、ところで原告は、右訴外人との小作契約により、前記二筆並びにこれに接続する同人所有の畑地の各一部、あわせて約三反歩を耕作してきたが、昭和二八年一二月一日、同訴外人との間に、北海道知事の許可をうけることを条件として、右小作地のうち原告の選択する範囲の土地一反五畝歩を代金五万円で買受けることとし、翌二日代金全額の支払を了したが、土地の範囲の確定は種々の都合でおくれ、同訴外人死亡後の昭和三〇年八月頃、原告から同訴外人の相続人である被告等に対する、「実測の上買受ける一反五畝歩は、自己の耕作する土地のうち、別紙図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)の各点を結ぶ線で囲まれた範囲とする。」旨の意思表示によつてなされたので、右選択権の行使により、原告と訴外亡田原市太郎との間に昭和二八年一二月一日、右表示の土地(以下、本件土地という。)につき北海道知事の許可をうけることを条件とする売買契約が成立した。

しかして、その後、右九六番地の五および同番地の一二の各土地は、被告等によつて、数回にわたり分筆手続がなされた結果、現在右表示の範囲は、別紙図面記載のとおり、同番地の三一、三二および一二の各土地内に存することとなつた。

三、そうであるとすれば、売主たる右訴外人の死亡後は、相続人である被告等において、原告のため北海道知事に対し、本件土地の売買による所有権移転の許可申請手続をすべき義務があるから、これが履行を求める。

なお被告等は、原告と右訴外人との前記売買契約が、その後合意解約されたとか解除されたとかいうことを理由に、右農地に対する原告の買主たる地位を否認しているから、将来、右許可申請手続を命ずる判決にもとずく申請に対し、知事の許可が下され、右売買契約の効力が生ずるにいたつたときにおいても、被告等において、右契約にもとずく本件土地所有権移転登記手続に協力しない虞れがあるので、原告は、将来の給付の訴として、被告等に対し、前記知事の許可を停止条件として、本件土地に対する(九六番地の三一および一二については分筆のうえ)所有権移転登記申請手続の履行をも求める次第である。」と述べ、

立証として、甲第一号証の一ないし七、同第二号証の一ないし五同第三号証、同第四および五号証の各一、二を提出し、原告本人尋問の結果を援用した。

被告等は、適式の呼出をうけながら、本件各口頭弁論期日に出頭しないので、被告等提出にかかる左記趣旨の答弁書記載事項を陳述したものとみなした。

「一、原告は、さきに、被告等を相手方として函館簡易裁判所に対し、昭和二八年一二月一日付売買による本件土地所有権移転登記手続を求める訴を提起したところ、その後、右事件は函館地方裁判所に移送され、同庁昭和三二年(ワ)第五二号事件として審理された結果、昭和三二年一一月一二日、同裁判所より請求棄却の判決が言渡されたが、原告において控訴の申立をしないため、右判決は、その頃確定するにいたつた。ところで原告が、右訴訟において、請求の原因として主張したところは、本件の請求原因事実に掲げられているものと同一のものであるから、本件訴訟の目的物は、すでに右確定判決により、解決済みになつているものといわなければならない。従つて原告の本件請求は、実体的審理に入るまでもなく、排斥されて然るべきである。

二、原告主張の本訴請求原因事実は、これを争う。よつて本案につき請求棄却、訴訟費用は原告の負担との判決を求める。

理由

一、まず既判力の点について按ずる。(答弁書第一項の趣旨は、必ずしも明瞭でないが、既判力の抗弁を提出しているものと解せられる)

原告が、さきに、被告等を相手方として、昭和二八年一二月一日付売買による本件土地所有権移転登記手続をなすべきことを求める訴を提起し、該訴訟は函館地方裁判所昭和三二年(ワ)第五二号事件として系属し、昭和三二年一一月一二日請求棄却の判決が下されたところ、控訴の申立がなく、その頃右判決が確定したことは、原告の明らかに争わないところであり、しかして右判決(真正の成立を認めるべき甲第二号証の一)の事実摘示によれば、原告が右訴訟で主張した請求の原因は、「原告と訴外田原市太郎との間に、昭和二八年一二月一日、北海道知事の許可を条件として本件土地を代金五万円で売買する旨の契約がなされ、しかも右訴外人および原告の連署による右許可申請に対し、昭和二九年三月一一日付をもつて知事の許可があつたので、右訴外人の相続人である被告等は、原告に対し、右売買による本件土地所有権移転登記手続をすべき義務がある。」というにあつたことが明らかである。

してみると右請求の目的物は、本件土地に対する所有権移転登記請求権それ自身であり、前記判決の既判力も、これに限られるべきであるから、本件請求のうち、被告等の北海道知事に対する本件土地の所有権を原告に移転することについての許可申請手続をなすべき義務を求める請求は、何ら既判力に牴触するものでないことは明らかである。

次に本件その余の請求、すなわち北海道知事の許可を停止条件とする本件土地所有権移転登記請求の関係について考えるに、前訴(現在の給付の訴)も、本訴(将来の給付の訴)も、究極的には、ともに、本件土地に対する所有権移転登記請求権を、その請求の目的物とするものであるから、前訴を棄却した前記確定判決の既判力は、本件請求に及ぶのでないかとの疑を生ぜしめる。しかし前記甲第二号証の一によれば、右判決が右請求を棄却したのは、原告と被告等との間に本件土地の売買契約が存しないからとの理由によるのではなく、反つて該契約の成立は認められるが、本件土地所有権移転についての北海道知事の許可処分が重大かつ明白な瑕疵があつて無効であるから、右許可を効力発生の条件とする前記売買契約は、その効力を生ずるに由なく、従つて、これにもとずく本件土地所有権移転登記義務も、いまだ生じていなとの理由にもとずいたものであることが明かである。すなわち短言すれば、右判決は、本件土地所有権移転についての知事の許可がない以上、その限りにおいて、右土地所有権移転登記の請求を認容できないというに止り、それ以上、終局的にも右登記請求権の存しえないことまでも判断したのでないものというべきである。(所謂、当座限りの請求棄却ともいうべきものである。)然らば、原告から被告に対し、将来、北海道知事の許可のあることを条件として本件土地所有権移転登記手続をなすべきことを請求することは、何ら前記確定判決の既判力に牴触するものでないといわなければならない。

よつて、この点の被告等の主張は採用の限りでない。

二、そこで本案について按ずる。

いずれも公文書であるから真正に成立したものと認めるべき甲第二号証の一ないし四、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認めるべき同第二号証の五の各記載に原告本人の供述を合せると、原告は、被告等の先代訴外田原市太郎から、その所有にかかる函館市田家町九六番の五畑二反七畝一五歩、同番の一二畑一反五畝歩およびこれに隣接する畑地の各一部(但し、右各地番―以下旧九六番の五、旧九六番の一二と表示する。―は、これにつき後記認定の分割又は合併手続がなされる以前の土地を表示する。)、あわせて三反歩を借受けて小作して来たが、同訴外人は、その賃貸農地のうち保有限度を超過する一反五畝歩を政府に買収されることとなつたので、同人から原告に対し、原告賃借中の畑地のうち一反五畝歩を買受けて貰いたい旨の申出をなし、その結果、昭和二八年一二月一日、原告と同訴外人との間に、原告が耕作している右畑地のうち、原告の希望する範囲の一反五畝歩を代金五万円で売買すること、右範囲は翌年春雪融けをまち、実測して確定すること、同訴外人は原告のため右農地所有権移転についての知事の許可申請手続に協力することという趣旨の契約が結ばれ、翌二日、原告は右代金の支払を了したこと、ところが、その後、昭和三〇年四月一九日右訴外人が死亡したため、その孫である被告等において同人の遺産を相続し、前記旧九六番の五は被告利也の、同番の一二は被告和子の、各所有名義となつたこと、並びに前記買受地の選択は、種々の都合で引きのばされていたが右訴外人死亡後の昭和三〇年八月中、原告は実地につき、別紙図面表示の旧九六番の五の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)うち、旧九六番の一二のうち(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(ヌ)(リ)の各点を結ぶ線で囲んだ各部分、以上あわせて一反五畝歩の範囲を測量選択し、被告等に対し、右範囲を買受ける旨の意思表示をなしたことが認められ、なお、いずれも当裁判所が真正に成立したものと認める甲第一号証の一ないし七、同第四、五号証の各一、二および公文書であるから真正の成立を認めるべき甲第三号証の各記載によれば、その後、右各土地につき数回にわたり分筆又は合筆手続がなされた(現在―昭和三三年七月一六日付函館地方法務局からの調査回答書作成日附による―においては、旧九六番の五は、同番の五―新地番―二畝二八歩、同番の二二、二七歩、同番の二三、一畝二〇歩、同番の二四、一畝一一歩、同番の二七、二九歩、同番の二八、二七歩、同番の二九、八歩、同番の三〇、三畝および同番の三一、一反六畝二二歩に分割、旧九六番の一二は、同番の一二―新地番―一反一畝二六歩、同番の三二、二畝二四歩および同番の四八、一〇歩に分割されている。)結果、右(イ)(ロ)(ハ)(リ)(ヌ)(ヘ)(ト)(チ)を結ぶ範囲は、別紙図面表示のとおり、同番の三一、同番の三二および同番の一二―新地番―の各地上に存していることが認められ、右各認定に反する何らの証拠もない。

以上認定の事実によれば、原告の右選択により、契約の締結された昭和二八年一二月一日に遡つて、原告と前記訴外人との間に、右範囲の農地について、北海道知事の許可を、効力発生の停止条件とする前記内容の売買契約が成立し、従つて、同訴外人の相続人である被告利也は、前記九六番の三一のうち前掲表示部分につき、同じく被告和子は、前記九六番の三二および同番の一二のうち前掲表示部分についての、同訴外人の、右契約上の義務一切を承継することになつたものというべきである。

そうであるとすれば、被告等は、前記約旨にもとずき、北海道知事に対し、右各農地の原告への所有権移転についての許可申請手続をすべき義務があり(もつとも、前掲甲第二号証の一によれば、右訴外人は右土地範囲選択以前に、原告と連署して、函館市田家町九六番の七、一反五畝歩の農地―但し、当時は、買受地の選択もなされず、虚無の地番にすぎなかつた―を原告に移転すべきことの許可申請をし、昭和二九年三月一一日付農調第二二九二号をもつて、右が許可されたが、右許可は、処分の対象が特定されていない重大かつ明白な瑕疵があつて無効なものであることが明らかであるから、これによつて売主の右義務が履行済みになつたということができない。)、従つて、これを求める原告の本訴請求は理由がある。

次ぎに、将来、もし右各農地の所有権移転について知事の許可があつたときは、前記売買契約にもとずき、被告等は、右各農地につき、それぞれ原告に対し、各所有権移転登記手続(分筆を要するものは分筆のうえ)をすべき義務を負うにいたることは、いうまでもないところ、前提各証拠に現われた本訴提起の経緯よりみれば、右許可があつたときにおいても、被告等が右義務を履行しない虞れのあることが明らかであるから、将来の給付の訴として訴求する必要あるものと断ずべく、されば、この点の原告の請求も理由がある。

以上の理由によつて、原告の本件請求は、すべて、これを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

函館簡易裁判所

裁判官 渡部保夫

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